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ニュースレター 2026年4月

メンタル・スペースが広がるとき

© Chizu Matsushita (1500 x 1000 px) (5).jpg

今年も、桜の季節がやってきました。

 

毎年この季節になると、上の写真の桜を見にでかけます。家から自転車で30分くらいのところです。数年前までこの辺りを通る用事が日常的にあったので、木の様子を見ては「ああ、そろそろだな」と待ちわびながら春の訪れを楽しみにしていました。

 

家の近くでも、ソメイヨシノっぽい桜はけっこう見られます。近所の家の庭や、何本も生えている小道のある界隈もあるし、大きな交差点の脇にもきれいに並んで桜が植えられていて、満開の頃には写真を撮ったりする人たちがいます。これらの近隣の桜が満開になったら、さて、と上の桜を見に行きます。

桜のたたずまい

この桜の木は、一本だけ、小さな運河のほとりに立っています。散歩道があるので、近隣の住人であろう人たちが、犬の散歩などをしながら通りかかります。けっこう自動車が行き交う道路の脇なので、けっして特別なロケーションではない、いつもの日常の中にある風景です。

 

私はここに行くと、まず後ろから木を眺めます。それから、運河の水に近づいて、水の上に落ちた花びらを眺めたり、枝に顔を近づけて花びらを見たり。そして、ぐるっと手前に歩いてきて、姿全体を改めてじっくりと味わわせてもらいます。

 

なぜこの桜の木にこれほど惹かれるんだろう?

 

一人(一本)、静かに、たたずんでいる。一人だけど、寂しくはない。ゆったりと、気ままに、枝を広げている。なんだか、この木の周りだけ、別次元の空間のような。

 

さあ、写真撮ったから行こう、と言いたげなパートナーが一緒にいなかったら、しばらくその場にしゃがみこんで、木のオーラに包まれたい、木と会話していたい、そんな気持ちがしました。

自然とのつながり方は人それぞれ

今年この桜を見ていて、こんな思いが浮かんできました。 自然とのつながり方は人それぞれだということ、それでいいんだ、ということ。

 

「自然とつながりましょう。 野生にもどりましょう。 木に触れて、葉っぱに触れてみてください。 土に触るとどんな感じがしますか? ― 癒されますね。 英気が養われる感じですよね。 リラックスできますね・・・」

 

こういったメッセージが溢れているような気がします。自然とつながることの大切さやその価値を、自分の活動の核に置いていると、こういうメッセージが入ってきやすいのでしょう。もちろん、こういったメッセージは理解できるし、その通りだと思います。一方で、「でも・・・」と何かを言いたい私がいるのです。

 

自然とどうつながりたいかは、人それぞれでいいんじゃないか。

 

私のように、できれば「一人」で、この桜の木のように「一本」静かにたたずんでいる空間に浸りたい、という人もいれば、大勢で森の中で輪になって一緒に瞑想したい、あるいはワイワイ話をしながらハイキングをしたい、という人もいるでしょう。いや、私も時と場合によっては、他の人と一緒に自然とつながることもしたい。家族や友人と一緒にお花見したい。でも、いつ、どうやって、どんな形でそうするのか、それを選ぶのは自分。

 

それでいいんですよね。

 

ファシリテーターとして、チームや組織でのまなびや、ビジョンを見直したり、活動の振り返りをサポートするプロセスに携わっていると、そういった「場」への参加のしかたは、人それぞれだと感じます。もちろん、ある一定の共通認識が必要な場面もあります。たとえば、対話の場がいつも激しい議論の応酬になりがちな組織には、「反応をする前に、まず、よく聴く」といった認識事項が必要かもしれません。

 

一方で、とにかく発言をすることを急かされる気になるような場って、どうでしょうか。その参加者にとっては、静かに一人で考えることが参加のスタイルだとしたら?そして、その場の共通認識に、「それぞれの参加のしかたを尊重する」という項目があったとしたら?

 

 実はこれ、「一人ひとりの声が生きる、インクルーシブな場づくり」という私の活動の核にある価値観とつながっています。一人ひとりの声はちがう、参加のしかたも、皆と同じではなくていい。

 

今年この桜を見て、あらためてこのことの大切さを実感しました。

心のスペースを開放する


春分の日、私が数年過ごしたことのあるタジキスタンでは、この時期をナブルーズと言って、春の訪れを祝いました。当地では、3月20日頃というと、今いる北ヨーロッパにいると想像しにくいくらいのとっても明るい日差しで、特別なお菓子や料理を皆と楽しんだという楽しい思い出があります。

 

今年、春分の直前、私はある決断をしました。少し時間がたった今思うと、この決断に至るのは単に時間の問題だっただけ、という気もして、ある意味、いったいなぜ今まであっちへいったりこっちへいったり、あーじゃない、こーじゃない、と考えをこねくり回していたんだろう、とも思えます。

 

何はともあれ、決断をしてしまうと、一瞬にして目の前が明るく輝いた感じになったのに気づきました。周囲のエネルギーが変わったんですね。解放感、という一言では表せないような、自分のまわりの空気が、波紋のように、どんどん広がっていく感じです。今まで、いかにこの空気が束縛されていたというか、ある種の「しきり」の中でもがいていたのか、そうまで思えてきました。メンタル・スペースが広がった、開放された、とも言えるでしょうか。

 

直感的に強く感じるのは、メンタル・スペース(気持ちや心のスペース)に、自分が抱えるには重すぎるもの、もう抱えたくないものがたくさんあると、物理的なスペースと同じで、もうそこに何か新しいものが入ってきたり、すでにそこにあるものが自由に変容したり、結合して相乗効果を起こしたり、そういったことは起きない、ということです。

 

自分の後ろにあって、まだ開いているドアを閉めないと、前にある次のドアは開かない、そんな感覚でもあります。もっと言えば、片足をどこかに入れてもがきながら、もう片方の足だけで別のことをしようとしても、本当にはできないのではないか。

 

もちろん、ドアがどんなドアなのか、片足を突っ込んでいるのがどんな土なのか、によりますね。二つのドアが並列になっていて、両方ともキラキラと輝いた光が隙間から見えているのか、それぞれの足をつっこんでいる土壌が両方ともしっかりと満足できる踏み込んだ感じなのか。私の場合は、そうではなかったのです。

 

この春分、みなさんはどんな感じで迎えられたでしょうか。

 

何かが変わりそうな予感がある、でもまだモヤがかかっている、という感じだとしたら、ぜひ話してみませんか。お聞きしますよ。

 

コーチングセッションとしてでも、ファシリテーションについてのご相談でも、あるいはただ「ちょっと話したい」でも、ぜひどうぞ。

 

→ コーチング体験セッション(無料):[リンク]
はじめまして、でも、久しぶり、でも。あなたのお話を聞かせてください。ちょっとしたクラリティやヒントが生まれる会話です。

 

→ ウェルカムバック1回セッション(€70 / ¥10,000):[リンク]
この一年以内に体験セッションかコーチングプログラムを終えられた方へ。その後、いかがですか?メモ欄に、「ウェルカムバック1回」と記入ください。

 

→ Chat with Chizu(無料):[リンク]

まなびの場やプロセスのファシリテーションについて聞いてみたい、コーチングを終えた後もちょっと話したい、とにかく話してみたい、なんでも歓迎です。

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